日記にタイトルを付けたくなる。日記なのであえてノータイトルで挑んでいる。
母親が持っているケータイ(私の2回線目)が3月末で使えなくなってしまうため、機種変更した。LINEを使いたいというのでスマートフォンにした。華麗なるスマホデビューである。ガラケー打ちはやってきているので、ホーム画面への戻り方と再起動の仕方を重点的に教え、とりあえず3日経った。
そのうち2日電話がかかってきた。
いや、電話がかかってくること自体は成功だから喜ばしいのである。キーパッドを遠隔で教えるのが難しすぎたため、アドレス帳(連絡先)から確実に電話をかける方法を口頭で教えた。ここまでは自分よくやったと思う。しかし遠隔サポートが(予想していたとはいえ)壮絶に難しいので、同じ機種*1を昨日、衝動買いした。Pixel 3aをいずれ下取りに出すつもりだったのでそれはよい。よくない。
自分の振るまいが悲しいほどに「長女」だったので、悲しくなったのであることよなぁ(詠嘆)。
私の思考には、普段「続柄」があまり存在しない。夫は夫なんだけど第三者に代名詞として伝えるために「夫」を使っていて、「夫婦」「夫妻」という関係性にはあまりぴんとこない。かといって別に結婚(法律婚・事実婚ともに)を否定したいわけでもなく*2、まあ戸籍ネームみたいなものである。社会的な仕組みのひとつ。会社でもハンドルネームで呼ばれるため、名字や名前を意識しなくて済む。
結婚を機に実家を離れてからは、過剰に背中にのっかっていた「長女だから」「長子だから」という強固な気負いが年月を経てうまく抜けていき、だいぶ暮らしやすくなったと感じた。親類縁者と積極的に縁を切りたいわけではなかったけど、いろいろあって*3、母方の方と薄くつながっているかいないか、くらいになっている。例えば緊急連絡先に挙げろ、といわれたら躊躇するレベル。一時は結婚もしないつもりでいたので、夫が存在するだけで社会的な記号としては御の字である、と思っていた。
それがまあ、母親がちょちょっと、たった2回電話をかけてきただけで完全に瓦解する、見せかけの「個」だったことに気づいてしまったのだ。気負いが減ったのではなく、うわべを繕うのがうまくなっただけだった。あっという間に「物知りで頼れるお姉ちゃん」の立ち位置に巻き戻り、「世界には自分の味方がいない」と思っていた当時の感覚を、少しだけ思い出した。
思い出すだけで済んでいるのだから、こは大人になってよかったと思うべきであろう。今の私はそこまで世界とけんかしていない。