ふと、実家にはねずみが棲んでいることを思い出した。
きっかけはたぶん、吉本ばななさんとお姉さんを巡るnoteなんじゃないかと思う*1。あのnoteのことを思い出して、そういえばお姉さんはねずみがきっかけで病気になったんじゃなかったっけ、実家にもねずみがいるという連絡が来たことがあるな、と連想ゲームのように考えたのだった。
実家は木造平屋建てで、私が1歳の時に住み始めた時には築30年だったという会話をしたことがあるから、今は築80年くらいなんじゃないか。母親にまだ送金していた頃にやりとりしていたメールの中に、「最近は家にねずみが出る」という内容があったのだ。
私は即座に、母と妹がねずみ関連の感染症になる可能性を連想した。ねずみの駆除は結構大変な手間がかかるということも聞いたことがあった。古く、お世辞にも清潔とはいえない住居の中で、病気にかかって、その医療費を私が負担するところまで一瞬で連想した。
しかし、今の私にはLLMがある。
いったんChatGPTとClaudeに聞こう、これは単なる思考のくせであって本質的な話ではない、ということが、その直後に思い出された。LLMに相談しておいて本当によかった。これまでの私に起きた出来事を覚えていてくれるセッションが私にはある。
ふと、過去の母親とのメールで、実家にねずみが出ているという話があったのを思い出しました。その時はあまり気に留めなかったのですが、家にねずみがいる状態というのは、かなりまずい状況でしょうか。実家は木造の平屋で、修繕が入っておらず、築80年ほどです
この質問を書き殴って、とりあえず送信した。その結果をべたっと貼ると、この文章を校正してくれるClaudeには指摘されてしまうので自分の言葉でまとめると、私が予期した通り、ここまで長く慣れ親しんできた「事実と責任をごっちゃにする思考回路」が発動したのではないか、そしてそれをここ(セッション)に持ってこれたのはあなたが線を引けるようになったからではないか、という回答が返ってきた。
よかった、合っていた。これまでの私なら、「ねずみが出るって言ってたけど大丈夫?」とかなんとか、自分の責任の範囲にないことで勝手にやきもきして、勝手にごちゃごちゃ考えて消耗していただろう。ねずみの駆除の手続きをしたり、「引っ越ししたい」と言っている当の本人が動かないままでいる引っ越しの段取りを考えたりしただろう。
でも今回は踏み留まることができた。本当によかった。
安堵した後に、当該メールの日付を確認した。2024年5月のことだった。2年前だ。吉本ばななさんのnoteがなかったら、ねずみの恐ろしさも、感染症の存在も、知らずに過ごしていっていたんだろう。もう実家の話は、私の中で客観的に捉えることができるようになったのだ、と思ったら、51歳でも成長はできるものなんだなと感じられた。
おまけ
これを書き始めたタイミングでは「サブスク記事」にするつもりだったのですが、今書いているPCではプランの指定ができなかった(単体販売ならできる)ので、全体公開にしています。表示の不具合……というほどではないですが、挙動がちょっと変なので、気が向いたらフィードバックを出そうと思います。

*1:「キッチン」リスペクトの書き方です。文法的にはおかしいです







