日記

寿司店で「北海道産ほくほくコロッケ握り」というメニューがあったので、おいも好きとして早速注文した。

どんなものが出てくるのだろうと作例写真を見つつ待っていたら、

https://www.genkisushi.co.jp/common/sysfile/menus/700x700/ID00002011img1.jpg
https://www.genkisushi.co.jp/uobei/menu/index.phpより

到着まで割と時間がかかっている。きっときっちり揚げているんだろうと好ましく思った。

そして、到着したものは、写真をはるかに超えて「少しのシャリ2つの上に、半分に切られたコロッケが乗っているもの」としか言いようがない寿司であった。写真を撮りたくなったが、隣で食事中にもかかわらず携帯電話で会話している女性がいたので、あらぬ誤解を受けたくなく、ひっそりと食べ始めた。箸でシャリごと持ち上げようとしたがうまくいかず、解体して食べた。コロッケはおいしかった。コロッケの衣がついてしまったシャリにはやや違和感があった。他のお客さんから店員さんにクレームが入り、店員さんは申し訳なさそうに、会話し続ける女性に声をかけた。女性は話し相手に「切るね」と言って電話を切り、寿司を頼んで食べ、しばらくしてから出ていった。

コロッケはいいものだけど、なんでも寿司にすればいいというものでもないんだな、とぼんやり考えた。

日記

(婦人科に関する記述が含まれます)

婦人科に定期的に通っており、持病であるところの卵巣のう腫(チョコレートのう腫)、子宮筋腫の経過観察をしている。その内診で必ずと言っていいほど、「お腹にガスが溜まっている」ことを指摘されている。尾籠な話で恐縮です。ここからも続きます。

この「ガスが溜まる」、割と厄介で、まず生理痛がひどくなる。もともとは「生理痛がひどい」と訴えていた時に症状が見られ、そのせいだと指摘されて、薬を出されてはいるものの、結構ひどい時には下腹部がぽこっと出てしまう。腹が出るくらいなら別によいけど(よくはない)、なかなか排出できずお腹に滞留するので痛みが生じる。QOLがだだ下がり。いつもトイレを気にすることになる。

そして、もはや鶏が先か卵が先か、因果関係がよくわからないけど、ガスが溜まる要因にはストレスが挙げられている。基礎体温もなかなかきれいな線を描かず、排卵が起きていないとみなされ、その要因にもストレスが挙げられる。主治医からは診察のたびに「ストレスを溜めないように」といわれていたけど、ついにこの間は「開き直って!」とアドバイスされた。何もかもストレスのせいにするのはいかがなものか……。

それはさておき、ガスの存在を指摘されてからだいぶ経ち(3年くらい?)、なかなか改善されないので、とうとう消化器内科を受診するように言われてしまった。消化器の異常を否定しないといけないというわけだ。そりゃまあそうだけど、面倒すぎる。内視鏡検査不可避だろうし、まあまあ体に負担かかるし。バックれたいけど、定期通院している以上はきちんとアドバイスを受け入れなければならぬ。貴重な休みを費やさなければならぬ。これはつらい。

さらにぐぐってもあんまり有用な情報は得られない。医療情報の検索は難しい。病院の公式サイトでも最新情報かどうかわかりにくい。今までやたらめったら病院に駆け込んできたからよくわかるけど、行ってみないことには何も始まらず、信頼関係を作るのにもまあまあ時間がかかる。一から開拓するジャンル(診療科のこと)、なかなかハードルが高い。

つらつらと診療の結果のメモ代わりに書いてみたけど、後々になって読み返す必要が出てきたときのために、尾籠な話ながらも記録した次第。病院にかかる時にタイムラインの整理、結構大事なので……。何もなきゃいいけどなぁ。内視鏡検査やだなぁ。

日記

朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」が昨日終わった。

心に残る名作とまでは言いづらいけど、でかいチャレンジをして成功させたなー、という印象だった。面白かった。

まとまった感想文を書くと壮大になりそうだし、全話きっちり見たかというとぽろぽろ抜けがあるので、気ままに小見出しをつけてだらだら書くスタイルで感想を書く。登場人物については特に解説を入れたりしないでがんがんいく。

3代のヒロインについて

安子編

相対的には放送が短かったにもかかわらず、インパクトが強くて、安子編を見たから完走したといってもよい。

100年の物語のスタートだからか、あんこ、ラジオ、英語、野球などのモチーフの説明が丁寧。そして稔と安子の出会いと交流と結婚、出征、稔戦死後の安子とるいの暮らしまでぎゅっぎゅっと詰め込みまくり、テンポが早くてとても楽しかった。さらに戦中戦後の安子周辺の人々が次々と亡くなり、安子がじわじわと追い込まれていくところは、楽しいわけではないけど毎回スリリングだったので、当初の触れ込みだった「ハートフルコメディ」はどこへやら、スリルとサスペンスとドキュメンタリーといった感じで15分がとても短かった。ていうかハートフルコメディは結局なんだったの……。

大きな衝撃の言葉「I hate you」で結末を迎える週は本当に見るのが大変だった。安子の考える生活の破綻があんなにドラマチックに起こるとは。子供を捨てる形で婚家である雉真家を出ることになった安子に対し、「どんな形であれよくない」と非難する内容のtweetをちらほら見てきたけど、そりゃあれだけダメージくらったら「I hate you」でライフゲージゼロになるやろ……と私は安子に同情するスタンスだった。しかし、これが後ほど仇になる。

るい編

さすがに17歳から深津絵里さんが演じるには無理がある、と思った川辺での勇とのキャッチボールシーン。いや、演技はティーンなんだけど、それにしては私は深津絵里さんを見すぎていて、違和感がすごかった。また、予告でるいは「英語と母親を憎んで育つ」と言っていたので「安子編に引き続いてどれだけ凄惨になるのだ」と身構えていたら、ミュージカルありほのぼのありだったので少しずっこけた。

正直「憎む」という感情はあんまり読み取れなくて、ジョーがサニーサイドを演奏した時に突然店から飛び出していくくらいでは?と思っていた。どちらかというと「あきらめ」「不信」の方が合うような。

るいの世界が広がってジョー、トミー、ベリーとの交流が描かれるところはなんだか長くて個人的には中だるみを感じたけど、大事な友人になった後のトランペットのエピソードからの海での抱擁、トミー・ベリーの懐の深さ、などが描かれないとひなた編が成立しないどころか大月家ごと成立しなかったので、しょうがない。

そういえばるいはこの時期ワンピース姿の印象が強かったけど、年齢が上がるにつれて(経済事情もあったとはいえ)カジュアルに変わっていってたな。

ラジオの影が薄いし英語とも縁がないし、せっかくの「クリーニング店勤務」がその後のるいにあんまり影響を与えてなさそうなのが惜しかったけど、トータルで見ればめでたい感じでひなた編へなだらかにバトンタッチ。予告されていたキーワード「ジャズで道を切り開く」の登場はここではなかったことが後にわかる。

ひなた編

Twitterハッシュタグ方面でもさんざん指摘されていたけど、深津絵里さんにあまりにもフォーカスしたストーリーなので、相対的にひなたのヒロイン感が薄かったのが残念なところたった。川栄李奈さんキュートでよかったのに、最初は「何も続かない平凡な女の子」だったからしょうがないよね……。子役時代が長いな!!と思ってしまったのも残念ポイントだけど、一恵・小夜子(と吉之丞)のキャラを立てないとストーリーが成立しないのでしょうがない(2回目)。

安子・稔、るい・ジョーの中でちらほら見え隠れしていた「時代劇」がここでクローズアップされる。無理矢理では?と最初は思っていたけど、虚無蔵さんやら榊原さんやら、劇中のスーパーヒーロー・モモケンやらの魅力で、そのうち気にならなくなった。

モモケンが回転焼き屋「大月」に来た日に生まれたから弟が「桃太郎」と命名されたのはかわいそうに思った(し、本人も姉とのけんかで口にしていた)が、これまた最終回につながっていくので大変である。

いろいろあって突如登場した謎の人物・アニーを巡って話が大きく展開していく。……というかアニーの存在感がでかすぎる。ひなた編なのに!実質!アニー編!!

視聴者には「アニー=安子」のヒントを出しまくっていたのに決定打にはならないもんだから、アニーのエピソードの量が多くて、これだったら先に視聴者にはアニーの正体をばらしておいて、作中の人物がどうなるかにフォーカスしてもらう方がよくないですか???と提案したい。今からでも。ひなたも英語勉強したり、実は17年もの長きにわたってるいがラジオで英語講座を聞いていることがわかったりして、英語とラジオの話はなんとか続いている。「たちばなのあんこ」はつながっていないけど「あんこ」は引き続きキーワードとして存在。ていうか(今回この言葉多い)「あんこ」が「餡」だけじゃないヒントになってたってことだよね???勇から「あんこ」とからかわれていて安子も嫌がってたのになんでわざわざアニー?ということは変わらず主張していきたい所存。だって勇から意に染まぬプロポーズ受けて気まずくなってたやん!!!

ひなたは一応メインヒロインだけど実質るいと安子の和解がメインになるので、ひなたちゃんは恋に仕事に大忙し風に見せかけてるけど、ノストラダムスの大予言とか当時の流行歌とかがぶちこまれて、なんとなくヒロインとしてのまとまりがない感じで、最終回で突然ヒロインっぽくなるのでぽかーんであった。

めっちゃすごかった、の巻

最終回の怒涛の伏線回収っぷり

「伏線回収」という言葉はあんまり無駄打ちしたくない言葉だけど、そう言わざるを得ない。

桃太郎がキジ(雉真繊維のユニフォーム)、サル(おさるのジョージ)、イヌ(息子の名前「剣」から連想)を従えて甲子園に行く、というしょうもないネタ(失礼)のために、桃太郎は「剣太郎」にはならなかったのだね……と寂しく思った。桃ちゃん格好良かったけど。勇ちゃんも喜んだだろうけど。

ひなたの初恋の相手であるビリーがラジオ英会話講座でのパートナー・ウィリアムだった、というのは予想の範囲内で「おおーロングパス来た」と歓迎。最後の最後でしか描かれなかったのは惜しいけどラストシーンとしてはいいなぁと感じた。

ハッシュタグ勢がみんな気にしてたきぬちゃんと「たちばな」の謎はきれいに解けてよかった。でももう少し手前でばらしてくれてもいいのよ……?桃ちゃんと花菜ちゃん(きぬちゃんの孫)の暮らしとかに尺使ってくれても……。

夫の田中については何もいうまい。全編通して田中はこのドラマにいたのだ。

トミー最高だよトミー

最初はいけすかんやつやなー、という印象だったトミーがひなた編で大活躍。演じた早乙女太一さんもすごかった。若い時は若者だったし年取ったらちゃんと重鎮感あった。

まず大月家里帰り中、京都の自宅ではなく帰省先の岡山の喫茶店に、世界的トランペッターであるトミーを軽々呼び出すジョー。親友なのはいいけど頼み事あるならジョーが出向くのが筋では……と思ってしまうが、ジョーの強火担であるトミーはひょいとやってきてしまう。さすがジョーがトランペット吹けなくなった時の異変をるいより早く察して本当のことを聞き出したトミーである。

ブランクを経てピアニストとしてトミーのバンドに加わることを快諾するのもすごい。それまでピアノ担当いなくて(いないよね?)よかったねジョー。そしてジョーにピアノの基礎があることを確認してからのピアノ講師手配。バンドが岡山でのクリスマスジャズフェスティバルへの出演するのをさらっとOK出しちゃう。世界のトミーをこき使いすぎでは?大月夫妻の荷物まで持ってくれるし……。アニーのラジオ放送を聞いて事情はわからないながらも冷静に対応する(ここ桃ちゃんもよかった)トミー、るいがステージて固まってしまった時にもすっと演奏でカバーするトミー、いや本当にトミー素晴らしいよ……。

納得いかん、の巻

アニー・ヒラカワ=安子・ローズウッド

ぎりぎりまでアニーは安子じゃないよ派だった私。だって匂わせるにしてもほどがある不自然さ!!!!渡米後、仕事で初めて日本の土を踏むことになったとは思えないしぐさあれこれ。あんこのおまじないを英語で語るひなたを置いて逃げ出すアニー。そりゃ安子だからかもしれないが、だったらひなたの名前についても狼狽するのでは?

最終的にアニーを名乗る安子であったことが本人の口から(安子だ、とは言ってない)ラジオで聞かされたシーン、深津絵里さんの表情だけの演技は本当に素晴らしかったけど、ラジオで娘の名前言うのはわかるが「おいしゅうなれ」はどうだろう……など頭に雑音がある状態になってしまった。深津絵里さんはすごかった。

私は安子編での、上白石萌音さんが演じる安子に、アメリカでは幸せになってほしかったんだよ……ロバートと微笑み合う安子、きれいだったけど、そこから映画や演劇の勉強を始めるところもちょっとは描いてくれよ……アニーの快活さとの温度差で風邪引くよ……。

アニーの岡山爆走問題

あさイチで、安子が走った距離が5kmくらいだということが視聴者によって検証された。

後で制作側から「稔の戦死を聞かされた時に走ったルートをなぞった」ことが明かされたけど、そうならそうで回想で走ってるシーンをかぶせるとか、いろいろあるだろうやり方が(困惑)。

ついでに、「安子には逃げ癖がある」「さすが算太ときょうだい」など言われていたけど、確かに思いつきで行動する節はあったものの、安子は安子なりに目の前の問題にぶつかっていってただけだと思っているので、その論にもちょっと納得いっていない。

全てはアニーの演出過多のつじつま合わせになってしまったせいだと思うんだけど、ひなたから声かけられてとっさに逃げるのは、油断していたらいかにもありそうなので、爆走さえしなければよかったのではないか。安子とオーバーラップする心象風景にしてもちょっと爆走が過ぎる。ひなたお疲れ様……。

片桐さん(風間俊介さん)の不在

るい編で一瞬出てるいとデートしてるいの傷を見て引いちゃった片桐さん。

その後登場しないのは、ハッシュタグ勢の皆さまが言うほど違和感なかったんだけど、登場時に「風間俊介出演」を割と押し出していたので、どうしちゃったのかな、とは思っていた。

風間くんじゃなくてもよかったんでは……?

まとめ

書きたい感想はもっとあるけど、フリック入力の打ちミスがすごいのでこの辺で。

ツッコミどころは結構あるなと思うけど、マッサンがパン焼いてた時に比べればなんともなかった。100年を半年弱で描くスピード感はとてもよかった。

岡山に関空からやって来たアニーが橘家の皆さんのことを思い出す素振りがなかったのがちょっと寂しかったけど、まあるいのことで頭いっぱいだっただろうし。

上白石萌音さん、森山良子さん、深津絵里さん、川栄李奈さん、そして他の出演者・制作陣の方々、すてきなドラマをありがとうございました。特に深津絵里さんのサニーサイド、めちゃくちゃよかったです。

日記

日記にタイトルを付けたくなる。日記なのであえてノータイトルで挑んでいる。

母親が持っているケータイ(私の2回線目)が3月末で使えなくなってしまうため、機種変更した。LINEを使いたいというのでスマートフォンにした。華麗なるスマホデビューである。ガラケー打ちはやってきているので、ホーム画面への戻り方と再起動の仕方を重点的に教え、とりあえず3日経った。

そのうち2日電話がかかってきた。

いや、電話がかかってくること自体は成功だから喜ばしいのである。キーパッドを遠隔で教えるのが難しすぎたため、アドレス帳(連絡先)から確実に電話をかける方法を口頭で教えた。ここまでは自分よくやったと思う。しかし遠隔サポートが(予想していたとはいえ)壮絶に難しいので、同じ機種*1を昨日、衝動買いした。Pixel 3aをいずれ下取りに出すつもりだったのでそれはよい。よくない。

自分の振るまいが悲しいほどに「長女」だったので、悲しくなったのであることよなぁ(詠嘆)。

私の思考には、普段「続柄」があまり存在しない。夫は夫なんだけど第三者に代名詞として伝えるために「夫」を使っていて、「夫婦」「夫妻」という関係性にはあまりぴんとこない。かといって別に結婚(法律婚事実婚ともに)を否定したいわけでもなく*2、まあ戸籍ネームみたいなものである。社会的な仕組みのひとつ。会社でもハンドルネームで呼ばれるため、名字や名前を意識しなくて済む。

結婚を機に実家を離れてからは、過剰に背中にのっかっていた「長女だから」「長子だから」という強固な気負いが年月を経てうまく抜けていき、だいぶ暮らしやすくなったと感じた。親類縁者と積極的に縁を切りたいわけではなかったけど、いろいろあって*3、母方の方と薄くつながっているかいないか、くらいになっている。例えば緊急連絡先に挙げろ、といわれたら躊躇するレベル。一時は結婚もしないつもりでいたので、夫が存在するだけで社会的な記号としては御の字である、と思っていた。

それがまあ、母親がちょちょっと、たった2回電話をかけてきただけで完全に瓦解する、見せかけの「個」だったことに気づいてしまったのだ。気負いが減ったのではなく、うわべを繕うのがうまくなっただけだった。あっという間に「物知りで頼れるお姉ちゃん」の立ち位置に巻き戻り、「世界には自分の味方がいない」と思っていた当時の感覚を、少しだけ思い出した。

思い出すだけで済んでいるのだから、こは大人になってよかったと思うべきであろう。今の私はそこまで世界とけんかしていない。

*1:なんとPixel 6を持たせた

*2:肯定したいわけでもないが

*3:本当にいろいろある

日記

朝ドラ「カムカムエヴリバディ」が佳境を迎えている。

初代ヒロインの安子(3代目ヒロインひなたの祖母)の、半ば失踪ともいえる渡米に関する謎に迫りつつある(はず)なのだ。盛り上がらざるを得ない。

そちらももちろん楽しく(?)見ているのだけど(しかもネタバレサイトまで行って)、ひなたが祖母の結婚写真を見るあたりでちょっと別の話でしみじみしてしまった。確かに写真に写る人々はひなたの血縁の者なのだけど、今のひなたにとっては見知らぬ人だらけで、かろうじておじの勇だけに反応する。安子が家族に囲まれてどんなふうに暮らしていたか、祖母の祖父母が和菓子屋をどんなふうに営んでいたか、ひなたはもちろん、母(2代目ヒロイン)のるいも知らない。そんな感じで忘れられていることが無数にあって、当時を知る人たちも断片でしか語れない。視聴者だけが知っている。

たまたま(???)安子、るい、ひなたの物語はドラマとして見ているけど、当事者の立場からしたらわからないことだらけだ。

ちょっと話が飛んで、私の両親が離婚をするのかしないのかもうわからないくらい泥沼の電話での言い争い(既にこの時点で、私は直接聞いてはおらず、母親による伝聞である)が繰り広げられていた頃、母親がぽろっと「あんたが昔やっていたことを全部娘(私)にばらす」という脅し文句を父親に言い、それはやめてくれと止められたのだ、という話を私にしたことがある。

なんだよそれ怖いよ。

青森の田舎の、今でいうヤンキーっぽい立ち位置だったらしく、仲間とつるんでなんか悪さをしてたらしいというのは親戚のあれやこれやの伝聞で聞いていた。実際に「やったこと」は知らない。でも娘に知られたくないことって、もはや犯罪レベルではないか。悪い想像は膨らむ。

聞いてもどちらも答えないだろうし、私も毎日疲れていたので、深追いはしなかった。父母の「夫婦」としての側面はもうそちらでなんとかしてくれ、私は関わりたくない、そんな感じで暮らしていた。当時は。

そしてその悪事は、父親が世を去った今、母親しかおそらく知らず、母親は何も語らずに墓まで持っていくのだろう。たった1親等でさえこんな感じなのだから、生まれる前に亡くなった父方の祖父母の話はもう永遠にわからないし、長く縁が切れたままの父方のおじ・おばの現況なと知る由もない。戸籍をたどってなんとか現住所を知ることができるくらいか。

無数の「忘れられたエピソード」がひとりずつにあることを考えるとなんとも言えない不思議な寂寥感がある。すべてが伝聞で、何も証明されることのない小話たち。

そして私には子がなく、私の無数のエピソードもあと何十年かしたら消え去ってしまう。むなしさはないけど、きっと「世に何かを残したい」と考える人はこういう気持ちなんだろうか、なんて想像してしまう。

100年の物語を描いて、100年前のことが全くわからないという現実を見せてくれているカムカムエヴリバディ。最近は本当に毎日しみじみしている。

日記

一時期へこんだり落ち着かなかったりしていたのが、ここのところかなり改善されてきている。暖かさや日照時間は大切だなぁ。

あとは睡眠時間も。なるべく早めに布団に入り(※一般的なセオリーとは異なります)、薬を飲んでごろごろしていると眠くなる。至って平和に眠り、朝だけ戦って起きる、そんな感じを繰り返しているが、暖かくなって日照時間が早く訪れるようになってスムーズになったように思う。

寝る前のスマホは卒業できないけど、それは本を読むのがだんだん難しくなってきたので(老眼)、卒業をあきらめたい。

日記

私が朝に弱いというのはしばしばここでも話題に挙げている。あまりにも寝ぼけているせいか、朝にあったことを夜になると忘れていることがある。で、そのようなことを夫にぼやいていたところ、「少しずつでもいいから改善した方がいい」と真顔で忠告された(注意の一歩手前くらい)。

いやーまあまあ試してるけど効かなくて困った、って感じなんだよなぁ。

ということを述べると、いつもすぐあきらめるのがよくないという。

それはまあそうなんだけど、心折れることだってありますわな……。例えば不眠気味で出してもらってる薬を飲まずにいたら、睡眠時間は相対的には減るかもしれないけど、結局疲れるのが早いとか、まあいろいろある。朝コーヒーと糖分をぶち込まないと仕事が進まないんだけど、身体には負担がかかるとか、まあいろいろある。

わかってもらいたさはあまりないけど、努力がささやかで努力に見えないんだとしたら、どうすればいいんだろう。あきらめさせてくれー。

そして午前の記憶があまりない(喪失していると表現するほどじゃないけど、やったことメモを読み返すと「確かにやったけど手応えが残っていなくて、まるで他人がやったことのようだ」という感じがする)のもなんとも工夫の余地がなくて困っている。脳神経外科とか行けばいいんだろうか。

ちょっとずつ変える、とよくいわれることだけど、ちょっとずつ度合いがわからんのだよ……。