25年目の春に

今年で社会人25年目に突入したわけですけど、新卒入社した頃はまさか自分が20年以上も社会人をやれてるとは思っていなくて、30歳を超えたら自分に職はあるのだろうか?と真面目に考える時代で*1、公務員試験方向に行って長く働く手段を得るにはダブルスクールする金銭的余裕がなかったし*2、銀行や商社の一般職*3には容姿の観点で全く受かる気がしなかったし*4、結局せめて自分が好きな分野でと思って入社した最初の会社ではやることは楽しかったけど長く働くロールモデル*5はいなくて、だいたい結婚してしばらくして子どもができたら会社を辞めていく、という中でどうやったら正規雇用の職を得ていけるのか*6まったくわからない、闇のような世界に出たなと思っていた。

それが約四半世紀経ってみたら、まあまあ楽しく日々を暮らし、仕事をし、なぜかパン作りという新しい趣味を得て*7過ごしているのだから、本当に人生どうなるかわからない。まじでわからない。もちろん25年の中にはつらいこともしんどいこともたくさんあったけど、どうにかこうにかやってきている。健康はぎり維持できている*8

1999年4月の溜池山王近辺の桜を見ていた自分に、「あなた割と長く働くことになるから、まあそんなに力まなくてもいいよ」くらいは言ってあげたいけど、今よりもだいぶとんがっていたので*9、言うこと聞かなさそう。まあそもそももう5年遡って「あなた文学よりも法律に興味持つ可能性高いから法学部か何かを志望した方がいいよ」の方が効果的なのかな。文学部を出たことは特に後悔はしていないけど、興味・関心の幅が狭かったのは残念に思っているので。

*1:何か食い扶持を得たくて図書館司書の資格を取ったし、それで生きていきたかったけど、なんと25年前から図書館司書は不遇なのであきらめたのだった

*2:ダブルスクールしなくても受かる頭があればよかったかもなぁ、くらいは思った

*3:全国転勤のない、事実上女性だけを対象とした総合職とは異なる職種。って書いて今の人はわかるのか……?

*4:総合職の男性の結婚相手という性質があった。本当にそういう時代があったんです

*5:ロールモデルっていうのがそもそもなかったな

*6:就職氷河期の最後の方。フリーターになる人も多かった。結婚して産休を取るなら正社員じゃないとだめそうだと思って、とにかく正社員になりたかった。当時はまだ子どもを持つのは当然っていう世情や自分の気持ちはあったのよ

*7:10代の私に言ったら絶対に信じないと思う

*8:不健康な生活を送っているので、真面目に生きても40代くらいで死ぬんじゃないかと思っていた

*9:ご存じの方はご存じ。だいぶ丸くなったよな