選挙

空中キャンプ(http://d.hatena.ne.jp/./zoot32/20080411#p1)を読んで、ずっと忘れていた……というより思い出さずにいた思い出があったのでなんとなく書いてみる。

小学4年生の頃、児童会の書記に立候補させられたことがある。「させられた」というのはその名のごとく、自分ではこれっぽっちもやりたいと思っていなかったからで、非常に不本意ながらしぶしぶ受諾したのだった。自分がリーダータイプではないということを2年生の時に悟って以来学級委員(という名前ではなかったけど忘れた)から逃げ回って「掲示係」「図書係」「理科係」など自分が好きな仕事ばかりしてきたので、結果として「○○さん今何もやってないよね? 大丈夫だよね?」というような隙を与えてしまったのは私の計算違い以外の何物でもない。そして「○○さん字上手だし!」という、書記という役目を全員が勘違いしたままの選挙への出馬だった。私も書記が何をやっているのか知らなかった。たぶん児童会の人たちもわかっていなかったんじゃないかと思う。

6年生が児童会長、5年生が副会長、4年生が書記を担当し、各クラスから1人ずつ立候補する。今思えば適当な選挙だなぁと感じるけど、選挙期間中はそれなりに盛り上がる。各候補が薄紙で作った花をつけたたすきをかけて(それって当選してるってこと?というつっこみはもちろん何もない)、休み時間に「××候補の■■さんの応援よろしくお願いしまーす!」と廊下を練り歩き、通りかかった人と握手をする。まあテレビで見ている選挙の真似事だ。当時は各学年5〜6クラスあったので誰が誰だか皆さっぱりわからないけど、とりあえず選挙運動をやることに意味があったのだった。

そんなこんなで所信表明演説の日を迎えた。所信表明がいったいなんなのか、当時の私は知らなかったが、担任の先生に教えてもらってそれなりの文章を作り、児童会や書記が何をやっているのか知らないのにそれなりの体裁を整えた。順番は書記→副会長→会長、クラスの数字の降順。1組だった私は書記候補の一番最後に演説をする。心境は覚えていないけど、あまり緊張もしていなかったし、とりあえず手元にある文章をつつがなく読んで戻ってくればいいだろう、程度の気分だったと思う。

自分の順番が回ってきた。原稿を持って体育館の壇上に向かい、全校生徒の視線が集まる中、たぶん私は何のミスもなく読み終えたと思う。たぶん、というのは本当に何も記憶がないからだ。最後まで読みきった。たぶん私は姿勢を正して生徒たちに向き直った。深々と礼をした。

ゴン、という音が体育館中に響いた。

あまりにも深々と礼をしたのでおでこをマイクにぶつけたのである。ぶつけた瞬間は今でも鮮明に覚えている。それまでの記憶がほとんどなくなっているのは、この出来事が自分にとってあまりに衝撃的だったために吹き飛んでしまったためと思われる。もちろん体育館は笑いに包まれた。笑いが起こる中自分の席に戻る時、担任の先生に一言「ぶつけちゃいました」と言い、先生が苦笑いをしたのはきっちり覚えている。覚えていることは、ぶつけた瞬間のことと「ぶつけちゃいました」と言ったことだけだ。

その次の日投票が行われた。さらにその次の日結果が張り出された。私は4年生(書記に立候補した人)の中で最下位だった。マイクにおでこをぶつけたせいなのか、単に知名度がなかったせいなのか(4年にもなると学年で有名な人というのは限られてくる)、要因はよくわからないけれど、当選しなくてよかったと心から安堵した。あんな出来事があった後で当選してまた挨拶をしなければならないというのが苦痛でしょうがなかったのだ。

その時から人前に立つことが苦手になった。みんなにからかわれたからなんてことはない。むしろみんなはその話題に触れないでいてくれた。みんな優しかった。私にはああいう場所は向いていないんだという(当時の私にとって)客観的な理由ができたので、それからも学級委員からは逃げ回ったが、高学年になると自分からやりたいという人も増えるので指名されなくて済んだ。

こんなにインパクトのある出来事だったのに時間というのは優しいもので、記憶は徐々に薄らいでいき、高校生の頃には思い出しもしなくなった。生徒会長選挙の時にも思い出さなかった。成人してからは懐かしい思い出にすらなった。が、おでこをマイクにぶつけたのだと認識した瞬間のえもいわれぬ絶望感は、未だに頭の片隅に残っている。