「○○(動詞)手」という表現が実は結構嫌いで、例えば「聞き手」「語り手」くらいだったら定型になるくらいインタビューなどで使われているけど、「伝え手」「受け手」とかになると「著者(番組など)」「読者(視聴者、リスナーなど)」でええやん!もうしっかり理解が浸透している言葉があるのになんでそうなるねん!といらいらしてしまう。
しかし「わかり手」は案外言い換えしにくい。ストレートな類語としては「理解者」が適切なんだろうけど「いや、そこまで深く理解していないっていうか……」と及び腰になってしまう。今ざっくりWebの類語辞典を見てみたけど「連れ添う」「バッテリー」「空気みたいな存在」「パートナー」のような単語がずらずらと出てきて「いや、そこまで関係性がはっきりしていないっていうか……」となる。
かといって「気持ちに寄り添う」という表現もあんまり好きではない。寄り添ってるって漸近線より遠いじゃん、と難癖付けたくなる(我ながらひどい難癖である)。
わかり手。こう表現するしかないタイミングとか話題とかってある。「あっ寄り添ってもらえた!」じゃなくて「わかってもらえた!」になる瞬間というか。
ところで1ヶ月くらいしれっと日記が空いてしまっているんですが、なにぶん日記なので、日付さえあればいつでも復帰できるところが日記のいいところですね。