私も結婚式をあげなかった

ブクマコメントにて引用したけど、

義母は昔、離婚しそうになった友人を
「子供が不幸になる。子供も離婚するようになる」と止めたと語っていた。
そういう考えの人もいるんだと思うし、自分を見るとなんかわかる気もする。
うまくいってる家庭で育つ、ってのは子供に当たり前の肯定感を与える。
それがないのはシンドイってことは、今まで生きててよく分かってる。

シンドイのはよくわかる。肯定感というか、ロールモデルがあるというか。私はその辺りのことを結婚する前の旦那にぶつけてけんかになったことがある。だからもう言わない。言わないようにする。「幸福な家庭はどれも似たものだが、 不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」というトルストイの言葉を思い出しつつ。……とかいって「アンナ・カレーニナ」は読んだことないんですけどねー。

だんなさまのそんなことないよってことばのまほうがきかなくなってきたから

まほうは大事。とても大事。

ちなみに、結婚式を挙げなかった理由は引用した匿名ダイアリーの中の人とは全く違い、旦那も私も結婚式・披露宴に否定的な考え方だったからです。旦那は結婚式だけやりたいみたいだけど。ちなみに、未だにマリッジリングは買ってません。存在忘れてた……。

以下追記。長ったらしくてウェットな感じになりそうでしかも元ネタとはずれていく予感がするので畳みます。みんな逃げてー。
結婚式をしたくない、という考え方自体、親から刷り込まれた可能性もあります。両親は同棲→周りに反対されつつ入籍(18歳同士で)(前も書いたけど田舎ではこれくらいでも早婚じゃなかったんです)(一応DQNじゃないお!)という経過を辿ったので、結婚式も披露宴もやっておらず、二人が20歳になった時に写真館で写真を撮ったくらいでした。その写真すら、私が見たのは確か中学生の時くらい。つまりずーっとしまわれていたのです。だから結婚式とかウェディングドレスとか披露宴とか写真とか、そういうものに対する憧れというのが全然ありませんでした。小説やドラマで触れないこともないけど、やっぱり身内が一番影響力でかいですから。なので、旦那と婚姻届を提出した時も、周囲から「写真だけは撮っておいた方がいい」というアドバイスはたくさん貰ったけど、旦那が写真嫌いなこともあって必要性を全く感じませんでした(継続中)。

とはいえ、刷り込まれたとはいっても、高校生あたりからは自分の意思を持つべきだと思うし、親のせいにするのもなんだかなーという考え方をしていたので、結婚式に憧れる方向に行ってもおかしくはなかったんですよ。でもそうはならなかった。ということは私はそういうタイプの人間なんだなと自ら判断したのです。

旦那は旦那で、元々自分は独身のままだろうと思っていたところに、お姉さんの披露宴に出てひどい思いをしたという経験から、披露宴は全くやる気がなかったそうです。結婚式だけは「二人きりなら挙げてもいいかな」程度には考えているようです。割と実家の家族に対してはドライなので。

こういうところの価値観が合ったからこそ結婚できたんだと思いました。のろけじゃないですよ。もし旦那が根気よく5年待つ人じゃなかったら、約2年前に訪れた千載一遇のタイミングをつかまえなかったら、私はきっと今でも独身でのんびり過ごしていたでしょう。結婚していいことなんか何一つないと思っていたし、名字変わるの嫌だったし。何しろ自分が結婚で成功(何をもって成功とするかは謎)するとは到底思えなかった。親戚の離婚やらトラブルやらが多くて、変なところで自分もそうなるだろうと思いこんでいたから。何しろ母方の祖父母からして再婚同士ですから。祖父母は最後まで仲睦まじかったそうですが。

身近にロールモデルがないと、元増田の方のように「肯定感」が持ちづらくなります。これは自分のことを悲劇のヒロイン扱いしてるのとはちょっと違って、振る舞うためのお手本がないから怖いんですよねぇ。別に親が離婚してようが何しようがちゃんと幸せになっている人はいるし、全部が全部当てはまる訳じゃないのですが。持ちづらいってだけ。私は結婚後に夫と何を話すべきかさんざん考え続けていたけど、いざ結婚してみたら普通にニュースの話やら馬鹿話やら、交際期間と同じようなことを普通にしゃべっていました。次に乗り越えなきゃいけないのは、結婚して10年くらい経った時に夫と何を話すべきか、ということです。10年後まで結婚が続いてればね(たぶん大丈夫だと思うけどそんなのわかんない)。

「バージンロードで、男から男へ手渡され大切にされる。」あたりのくだりで、他の女性をもの扱いしてるっていう指摘がブクマコメントにあったけど、そもそもキリスト教の結婚式って男親から夫となるべき人に女を手渡すっていうシチュエーションじゃありませんでしたっけ? 保護者が変わる儀式っつーか。それが今は演出されて意味が変わってるだけなんじゃないのかなぁ。この辺クリスチャンじゃないからわからないんですが。今は人前式とか神式とかいろいろあるから選べるし。

で、私も男から男に手渡されてなくて、むしろ勝手に移ったって感じになっちゃいましたが、自分は親の轍は踏むまい、と冷静に考えるのがいいんじゃないでしょうかね。難しいけど。私も未だに難しいけど。こんな忌むべき遺伝子はここでおしまいにした方がいいと思うと子供作る気も確かに起きないんだけど(自己評価の低さが地味に出ますね、こういうところに)。でもまあ、幸せを受け取るだの作るだの大それたことを考えずに淡々と暮らすのがいいんじゃないかと思います。淡々と暮らして馬鹿話したりして、何十年か経って振り返って、その時に「ああやっぱり幸せにならなかった」っていう結論を出すとか。そう、結論を出すのは今じゃなくてもいいと思うんです。うまくいかなかった時に考えれば。もしくは死ぬ前に考えれば。自分の人生にそんなに重きをおかなくても世の中は回っていくもんです。

あーやっぱり長ったらしくてウェットな感じになって元ネタとずれた。元増田の方に幸福が訪れますように。心から祈っています。