四半世紀かかった

今日は会社の評価面談だったのだけど、会社員になってはじめて、面談で堂々と自分のやったことを話すことができた。1999年に就職してから初の出来事である。

誤解されたくないのでこの辺の位置に書いておくと、4つの会社でたくさんの上司・上長のもとで働いてきたのですが、全員に対してよかったとか悪かったとか言いたいのではなく、単に私が主観的に「大人になれたな」と思っているだけです。

できたこともできなかったこともあるんだけど、それはそれとして「これはやった」「これはよくなかった」と表明した、できた、というのが、エポックメイキングなことだった。自己評価が低い人生を歩んできたけど、多くの人たちに支えられて徐々に自己肯定感を取り戻してゆき、でも最後まで苦手意識が強い、というのが評価であった。「何もしてない」「何もできてない」という、よくある気分に陥って、どんより過ごすのである。それが今回はどうしたことか。

いろいろな出来事がタイミングよく(悪く)積み重なった結果だと思っているんだけど、大きな転換点となったのは昨年の妹の入院だった。私は具体的に役に立つとともに、人(具体的には母親)の心というものはあてにならん、ということもわかってしまった。そして行き着いたのは、「私が勝手に思い入れを持って尽くしてきたと考えてきたのはすべて思い上がりだった」という身も蓋もない事実。誰も悪くなくて、一人で空回りしているだけだったのだ(ここをかみくだいて書くと長いので飛ばす)。

そしたら「私の人生、仕事だけじゃないじゃん」と心の底から思うことができた。いやまあ、割と仕事以外のことを好き勝手やってきたとは思うけど、ベースには「死ぬまで仕事しなきゃ」というのがあったのである。それが「仕事に生きるだけが人生じゃないし、なんなら別に仕事しないことだってありじゃね?」と考えられるようになった。

そうなると、サラリーマンの私は仕事イコール会社(現職に限らず)として生きてきてしまっていて、その呪縛からも解放されたのである。いろいろな経緯があって(これも飛ばす)会社員にしがみついてきちゃったけど、そうじゃなくてもいい、というのが腑に落ちた瞬間であった。

そうなると(2回目)、会社との関係性がきちんと「雇用/非雇用」になり、冒頭に戻って「自分のやったこととやれなかったことを普通にしゃべる」ことができたのである。

ところどころ飛んでるけど、ここは日記なのでとりあえず急いで書いている。忘れないように。

概念としての「会社」にめちゃくちゃに縛られていたので、とても新鮮だった。評価者/被評価者の軸も初めて持てたといえるかもしれない。妹の入院で自分が身軽になる。こんな「風が吹けば桶屋が儲かる」的な話が我が身に起きると思っていなかった。

もちろんその過程には、周囲の人(具体的にここで名を挙げて感謝したいくらいなんだけどさすがにとても多いので省略させていただきます)の多大なる応援や支えなどがあった。ありがとうございました。なんだかここで人生終わりそうな勢いで書いてますが、違います。

とにかくとても画期的な体験だったので、仕事から帰って夫に「大人になるのに四半世紀かかった!」と言ってしまった。夫困惑。それはそうだ。すまなかった。

次の評価でも同じような姿勢を忘れずに仕事に励めばよいわけで(ただし自分の記憶力が頼りないのでこうして書いている)、再現性もありそうだし、手に入れるとはこういうことか、とびっくりしている。