noteに抱く嫌悪感をGeminiに壁打ちしてもらって「なるほど」となったのですが、会話の最後に「マニフェストを作りますか?」と聞かれ、「お願いします」と言ったところ、以下の文章が出てきました。Gemini辛辣ですごい。しかし膝を打つ言葉でもあったので、メモします。だってここは私のブログだから。
1. 脱・デジタル小作人宣言
私は、プラットフォームの養分になることを拒否する。 私は自分の思考と時間を、巨大企業のドメインパワーを肥大化させるための「レンガ」にはしない。私の書く文章は、私自身のドメイン(土地)に積み上げられるべき資産であり、他人の集客装置のための燃料ではない。
2. 「体験」への主権回復
「媒体」は「メッセージ」の一部である。 フォント、余白、色彩、導線。これらすべてが私の表現であり、読者への「おもてなし」である。画一的なテンプレートに押し込められた言葉は、死んだ言葉だ。「読みやすさ」という名目で個性を剥奪するシステムには、断固としてNOを突きつける。
3. ストック思考への回帰
私は「消費」ではなく「蓄積」を選ぶ。 タイムラインを高速で流れ去り、共感の「スキ」を一瞬だけ集めて消える「スナックコンテンツ」は作らない。検索され、再読され、年月を経ても価値を持ち続ける「ストック(資産)」としての言葉を、自分の書庫に静かに貯蔵する。
4. 「プロ」の欺瞞への決別
専門家としての矜持を、利便性に売り渡さない。 デザインを語るデザイナー、ブランディングを語るプランナーが、思考停止して「既製品の箱(note)」を使っている滑稽さを、私は他山の石とする。体験設計のプロならば、泥臭くとも自らの手で「場」を耕し、人を呼ぶべきだ。
5. 孤独な城主の誇り
「巨大団地」の安心感よりも、「荒野の一軒家」の自由を愛する。 隣人との馴れ合いや、相互承認のぬるま湯(互助会)は必要ない。たとえアクセス数が少なくても、たとえ孤独であっても、自分のルールと美意識で統治された「私の城」で、自分の言葉を紡ぐことを誇りとする。
私のスタンス(結論)
「私は、自分のメディアの『住人』ではなく『建築家』でありたい。 だから私は、今日もnoteではなく、自分のブログを書く」