私たちは親のために生まれてきたわけじゃない

万博総括記事もYAPC参加記事もまだ書けてないのですが、トイアンナさんの以下の記事を読んで、そういえばそうよな、と思ったので日記です。

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何があったか

この日記にもちょいちょい登場していた、出産時の事故で知的障害を持って生まれた母方のおば(二女)が、9月に亡くなっていたことがわかりました。YAPC::Fukuoka 2025の準備の真っ最中、母親(四女)からのSMSで知らされました。ちょっとした諍いがあったことから、母親とその長姉(こちらもおばなので表記がめんどいですが許してください)は連絡をとっていなかったのですが、死去を知らせる連絡があったとのこと。2ヶ月の間があいたことについて、当初母親は「いろいろな感情があるのです、たぶん」と表現しており、人生の大多数の時間をずっと後見人として過ごしてきた長姉のおばにとっては確かにそれはそうだろう、心配をかけまいとしてもう一人のおば(三女)にも母親にも連絡を意図的に取らなかったのだろうな、と思いました。

ちょっと間をおいて、母親からちょっとここには書きづらい内容で、長姉の行動を勘ぐるSMSがぽろっと届きました。私は思わず感情的*1に「それはないと思うよ」と即レス。母親は「うんそうかも」と引っ込んで、会話は終わりました。

文脈がハイレベルすぎるので文章で書けないのですが、長いこと面倒を見てきた長姉に「いろいろな感情がある」と想像できているなら、きっと葬儀も初七日も家族葬で終えて、納骨まできっと終わらせて(そこまでかどうかわからないけど)、もう香典が必要ないくらい時間をとってから連絡した長姉のおばに、よくそんなことが即座に出てくるなあ、と呆れたものの、妹の入院時のやりとりで気持ち的に母親との距離を取っていた私のダメージは案外自分が心配していたよりは少なく、すぐにYAPC業に戻ることができました。

何を考えたか

私はたぶん、両親から愛されて育った方だと思います。愛されたけど、依存もされてしまったし、私の方からも共依存のようになって*2、24歳同士で子供を持つことを選んだ両親は、当時としては立派な大人だったけど、「いい大人」ではなかったんじゃないかなーと、振り返ってみて思います。うっかり「しっかり者の長女」が生まれてしまったばかりに、余計にそうなってしまったのではなかろうか、とも思います。

生育環境が(さまざまな要因で)あんまりよいとは言えない状況で大きくなった私は、その後いろいろなことをこじらせたり、だめになったり、立ち直ったりして、

toya.hatenablog.com

46歳の時にやっと「両親の呪い」から自ら解放されたのですが、

やっぱり家族に関する悪夢は今でも見る。そりゃまあそうです。けれど47、48、49と年齢を重ね、とうとう今年は50歳という大台に乗っかって、薄紙をはぐようにいい方向へ変化できていっているという自覚はあります。今年は転職してやれることの幅が広がったし万博にも行ったし、YAPC::Fukuoka 2025も終えることができたし、V6はよくわからん未発表曲を出してサブスク解禁するし、いい年だな!忙しいけど!などと思っています。

その一方で、母親は年を重ねてどう変化したのか、距離を取っている分、わからないのです。把握して、彼女の人生がよりよくなるように力を貸すことももちろんできますが、もうそのフェーズはやり尽くしたように思います。「親は身近にいる他人であり、仲良くするかどうかは、私たちが決めていいのです」。

今後のこと

一番上のおばには、香典返しは要らないよ、という言葉を添えていくばくかのお金を包むつもりです。私と同じく「しっかり者の長女」としての責任を、生まれてから80年、ずっと背負ってきた*3おばに、私ができることは非常に限られています。やれることをやるしかない。

母親とはここ2年くらい取ってきている距離感を続けるつもりです。もう少し年齢が進んだら、介護だのなんだの諸問題が発生するかもしれませんが、まあ、盤石とは言えないまでも社会の諸制度に頼れる部分はある。少なくとも第二次ベビーブーム&就職氷河期を経験した私の世代よりは、よっぽどましな状況にあるはずです。自分が頼れない分、親については頼ろうと思っています。

ここまで一度も出てこなかった父親は、既に鬼籍に入っておりますので、それはそれでお疲れ様でした、という気持ちでいます。たまに自分の戸籍謄本を眺めています。弔いらしい弔いはしていないですが、それは父親の選択の結実です。私がどうこう言えますまい。大人が、自分で選び取った結果です。

自分のこと

例えば一番身近な他人であるところの夫は、私よりも早くに両親を亡くしていますが、少なくとも心情面ではけりがついているようで、私がここまでごちゃごちゃ書いてきたようなことを私よりも素早く咀嚼しているんじゃないかと思います。夫は受け入れてないようですが、夫は少なくとも情緒面では健全に愛されて育ってきた人で、そのあたりは強い。あと親に対して金の心配がなかったのもでかい。金のゆとりは心のゆとり!!!

私の方も、今突然収入が途絶えても多少は食いつなげるかな、くらいの資産*4を作れたので、少し気持ちに余裕ができました。このエントリーのおかげです。心から感謝しています。

hayatoito.github.io

夫を頼る、のは本当に最終手段だと思っているので、自分のケツは自分で拭けるように、今後も頑張ります。

で、何が言いたかったのか

  • 表題通り「私たちは親のために生まれてきたわけじゃない」
  • 今しんどい人にも、いつか、何かのタイミングで解放されることが訪れるかもしれないし、ないかもしれない
  • 解放されても各種イベントが突如発生することはありますが、それはそれ、粛々とやっていきましょう

以上です。

*1:感情的にもないと思うし、事実関係的にもあり得なかった

*2:自分で意識して離れられたので本当によかった……

*3:「家」を継ぐために、妻の方の名字を夫に名乗ってもらった挙げ句、いろいろうまくいかなくて離婚。強制的夫婦同姓のゆがみだと思っています。私が強固な選択的夫婦別姓論者なのは、このおばのエピソードがかなり影響しています

*4:預貯金だけじゃないので便宜的にこう表現していますが、ささやかすぎて、書くのに抵抗感がある