朝起きて頭痛がして、「ああこれはもうだめだ」という悲しい手ごたえとともに会社に休みの連絡を入れ、ひたすら寝ていました。
夕方に雑なホットケーキを作って晩ごはんにして、ちょっと片付け物をして。また布団に入る。とりあえず明日は早く起きないとどうにもならない。
朝起きて頭痛がして、「ああこれはもうだめだ」という悲しい手ごたえとともに会社に休みの連絡を入れ、ひたすら寝ていました。
夕方に雑なホットケーキを作って晩ごはんにして、ちょっと片付け物をして。また布団に入る。とりあえず明日は早く起きないとどうにもならない。
noteに抱く嫌悪感をGeminiに壁打ちしてもらって「なるほど」となったのですが、会話の最後に「マニフェストを作りますか?」と聞かれ、「お願いします」と言ったところ、以下の文章が出てきました。Gemini辛辣ですごい。しかし膝を打つ言葉でもあったので、メモします。だってここは私のブログだから。
私は、プラットフォームの養分になることを拒否する。 私は自分の思考と時間を、巨大企業のドメインパワーを肥大化させるための「レンガ」にはしない。私の書く文章は、私自身のドメイン(土地)に積み上げられるべき資産であり、他人の集客装置のための燃料ではない。
「媒体」は「メッセージ」の一部である。 フォント、余白、色彩、導線。これらすべてが私の表現であり、読者への「おもてなし」である。画一的なテンプレートに押し込められた言葉は、死んだ言葉だ。「読みやすさ」という名目で個性を剥奪するシステムには、断固としてNOを突きつける。
私は「消費」ではなく「蓄積」を選ぶ。 タイムラインを高速で流れ去り、共感の「スキ」を一瞬だけ集めて消える「スナックコンテンツ」は作らない。検索され、再読され、年月を経ても価値を持ち続ける「ストック(資産)」としての言葉を、自分の書庫に静かに貯蔵する。
専門家としての矜持を、利便性に売り渡さない。 デザインを語るデザイナー、ブランディングを語るプランナーが、思考停止して「既製品の箱(note)」を使っている滑稽さを、私は他山の石とする。体験設計のプロならば、泥臭くとも自らの手で「場」を耕し、人を呼ぶべきだ。
「巨大団地」の安心感よりも、「荒野の一軒家」の自由を愛する。 隣人との馴れ合いや、相互承認のぬるま湯(互助会)は必要ない。たとえアクセス数が少なくても、たとえ孤独であっても、自分のルールと美意識で統治された「私の城」で、自分の言葉を紡ぐことを誇りとする。
「私は、自分のメディアの『住人』ではなく『建築家』でありたい。 だから私は、今日もnoteではなく、自分のブログを書く」
北陸新幹線、強かった。
愛しきがゆえに辛辣その棘は古傷となり胸に棲みつく / toya
— toya (@toya) 2026年1月25日
アプリ日替わりお題『辛辣』https://t.co/UMWw7VBkXR#短歌 #tanka #短歌アプリ57577 pic.twitter.com/uNnyw8s19u
スピードを上げゆく窓に雪の山輪郭溶けて白くかがやき / toyahttps://t.co/U5bHVNC1qD#短歌 #tanka #短歌アプリ57577 pic.twitter.com/iMfg4bEJxx
— toya (@toya) 2026年1月26日
冬の田にその名の通り田を描き真っ直ぐ伸びた雪のあぜ道 / toyahttps://t.co/hUiTXVzhZb#短歌 #tanka #短歌アプリ57577 pic.twitter.com/HULiigeHfR
— toya (@toya) 2026年1月26日
雪山の風景を右手に見ながら進むのはとてもよい体験でした。実は雪の時期に雪国で1泊するのは人生でほぼ初めて(キュンパスを使って日帰りしたことはある)だったのですが、大荷物にならなければ結構楽しいかもしれない。雪景色がよいし、寒さは対策をすればなんとかなる。これはまずい。雪国の温泉とか観光とかに興味を持ちかねない……。
そしてしばしぼんやりしていたら、途中で観光客(今度は日本人観光客でした)に囲まれてしまって、またしても読書はできずポッドキャストを聞くばかり。それもそれでまた楽しからずや……といった趣ではあるのですが、読みたい本は読めなかったなー。
概ねGemini+ChatGPTで対策を聞いたらその通りになったので、旅行プランの壁打ちしてもらうにはちょうどよかったかなと思います。裏取りは自分でしないとだめだけど、ヒント集は出してもらえて、自分が思いつかない角度を提示してくれる、みたいな感じ。早速「植物を撮る練習がしたいのだけど今の時期に都内から見に行けるところはあるか」みたいな質問をしています。写真の練習には本当にちょうどいいですね。