「散歩哲学」(ハヤカワ新書)を買った


昨年の入院・退院後、散歩をしようと思っていた。動き回らないと術後の大腸が癒着するおそれがあるのでよく動きましょう、なんていう話もあった。退院から社会復帰の間に、いろいろな街を散歩して、なんなら動画を撮って、ブログの記事に書こうと思っていた。

が、いろいろなところで書いた通り、猛暑で8月は外に出られず、その直後の9月初頭に妹の入院という出来事が起きて、思い描いていた散歩プランは棚上げどころか雲散霧消した。

そしてさらにさまざまな出来事を経て、ふとプライベートが落ち着いた瞬間、「もう一度散歩にチャレンジしてもいいのではないか?」と思った。

もう術後の経過は関係ない(物理的に忙しく立ち動いていたので)。どちらかというと、退院後いっとき減少傾向にあった体重が微増ペースに乗ってしまったことの方が大きい。良い方向にも悪い方向にもストレスがかかると甘いものがめちゃくちゃに美味しく感じられて、単なる刺激としてお菓子を食べることが増えた。寒いので動くのがおっくうになり、身体を動かさなくなった。当然体重は増える。

体重が増えるくらいは自意識の問題なのでなんとでもなるが(そうか?)、具体的に身体を動かさない結果、足や膝が痛くなってきた。加齢による膝の痛みというと「体重の重さ」「関節痛」を思い描いていたけど、筋肉痛っぽい要素の方が強い。動けば痛くなくなるし、家の中でも長いこと動かずにいると「おっと」という感じで痛みが来る。

運動としての散歩にきちんと向き合おうという気持ちがじりじりこみ上げてきた。私にはリマインダーがしつこく来ると無視してしまうという悪習慣があって(Duolingoとはそれがきっかけで決別しっぱなしになっている)、なにがしかのツールを使ってリマインドすると余計に動かなくなる。非常によくない。そこで「良い感じの写真を撮れるまで歩き回る」方がまだましかなという気がしてきた。

ぐだぐだとこのようなことを考えていた時に、タイトルの「散歩哲学 よく歩き、よく考える」(島田雅彦著)の紹介文がXかどこかで流れてきた。プロローグの一部を書き抜いたものだったが、おしゃれで面白かったので、Amazonでさくっとポチった。今日到着したのでプロローグ部分を読んだら、紹介文そのままの部分が載っていて、面白く読み始めている。

普段の行動様式に「徘徊する」「ほっつき歩く」「ぶらつく」というものがあまりなく、目的地を設定してそこまでまっすぐ行きたいことが多い私に、どこまで散歩が定着するのか。「散歩哲学」を読み読み、徘徊の楽しさやそこから受ける刺激を享受できるのか。

写真は今日散歩した公園にて。

英語、そんなに嫌いじゃなかった

夫は仕事に行ってなんとか帰ってきた。

唐突ですが私は小学生の一時期とても英語が好きでした。

英語の教材のセールスのお姉さんがなぜか家に上がって母親と話していた時(どんな状況?)、横で小学生向けの英語の本を読んで「すごいね!」とほめられてうれしかったことを覚えています。その後に幼なじみのおばさん(血縁の方)が英語教室をやっているところに、その幼なじみともう一人と3人で通って、簡単な英会話を習っていました。3人は幼なじみ同士ではあったけど特にめっちゃ仲が良いわけでもなくて、今思えば母親同士の仲が良かったからなんだろうな~と大人の事情を察するのですが、まあ当時はなんとなく通っていました。

その先生は旦那さん(IBMだった)の都合で渡米してしまい、「英語で手紙を書いてね!」と言われたのですが、英語で表現したいことが全く思いつかず、手紙を書かないまま縁遠くなってしまいました。今もそうだけど英語で表現したいことってあんまりないのだった……。

それが挫折体験かというと全くそんなことはなく、そこで覚えた英語のスペルをアドバンテージとして存分に生かし、中学生になった私は最初の中間テストで一人だけ英語で満点を取ります。そちらの方が今思えば完全に失敗でした。私は英単語を覚えるのはとても得意だったのですが、英文法が好きなわけではなかったのです。「英語が得意な人ジャンル」に入れられてしまった私は中学2年生になって「ア・テスト」という神奈川県の一時期限定の謎テストで、英語に苦しむことになりますが、まあその辺の話は何度も書いた。

何を書きたかったかというと、英語の原体験として「まあ割と好きな方だった」というのをふと思い出したのです。今でこそ英語の記事をブックマークして回るだけの人になってはいますが、なんかふとそのエピソードと、英語教室からの帰り道の夕景を一緒に思い出しました。なんだ私英語そんなにいやじゃないんじゃん。Duolingoを基礎の基礎からやり直しているのですが割と基礎の基礎は好きだった。

自宅で仕事をすることの限界

夫のインフルエンザはたぶん治った。解熱から2日間経過した。明日は仕事に行くという(本当かな)。

今日は1日自宅で仕事をしていたわけだが、まあはかどらない、はかどらない。モニタがない(あるけどゲーム特化してる)のでブラウザの見比べが死ぬほど面倒。家用にモバイルディスプレイ買ってもいいけどこれ以上ガジェット増やしても置く場所がなー……。それでも必死で休憩もあんまり取らず(昼休憩は夫の昼食も込みで買いに出かけていた)やってたけど進まないなー。かちゃくちゃねー。明日は自分が発症しなければ会社に行けそうなのでなんとか遅れを取り戻したい、けどどうかな……。

ゴールデンラヴィットを見ている

本来なら飲み会だったのでTVer配信で見ようとしていたのですが、見られたので見ています。面白い。ラヴィット見てきてよかった(全部は見られない)。

今日は会社を休み夫の看病でうろちょろしていたが、自分もどうも調子が良くなく、夫が寝ている隙に自分も昼寝をしていた。なんとか頭痛が取れて外に出られるだけの元気が出てきたのでよかった。夫は夫でピークを超えたようでそれもよかった。明日は自分の通院があるが、夫のウイルス排出ピークは終わった上に私は発症せずに済んだようなので、とりあえず行けそう。昨日はキャンセルするかどうか迷っていたくらいだった。

メリー苦しみマス

ベタだけどこんな感じの心境である。

夫がインフルエンザになった。私はワクチンを打っているのでかかったとしても軽く済むだろうと思うのだが、問題は明日である。あまり忘年会らしい忘年会は今年参加していなかったので、明日セットしていた飲み会は「よっしゃ忘年してやるぜ」と大変楽しみにしていた。しかしウイルスを撒いてる人とほぼずっと一緒にいたので、自分が持っていってしまう可能性は非常に高い。泣く泣くキャンセルしたい旨を伝えて、運良くキャンセルしてもらうことができた。なかなかうまくいかんなぁ。また飲みに行けばいいんだろうけど、2023年の年末は二度と来ないんだよー。

プチやけになってコンビニのクリスマスケーキ食べたった。

シチューでクリスマスイブ

夫が熱を出したので看病デー。とはいっても食べ物飲み物をつつがなく手配するくらいしかやることはないけど。昼はコンビニのうどん、夜はクラムチャウダー……というより鮭入りのシチューに限りなく近い何かとパン。久しぶりに自炊を連続してやったので多少気分が晴れやかになった。ごはんを真面目に作ると何かの罪悪感から逃れられる気がする。

いつもなら小さいサイズで済ませる牛乳を、紙パック1本分買ってみた。これでパン・お菓子作りにはずみがつけばいいな。

ケーキの代わりにシュトレンを食べてクリスマスイブっぽい感じにした。明日は在宅で夫の看病をしつつ仕事になりそう。

2023年が終わる

ちょっと前に妹は退院しまして、いろいろな方に支えていただいてなんとかここまで来られました。厚く御礼申し上げます。一時は「もうだめかも」と喪服を買いに走ったくらいなのですが、とりあえずよかったです。

振り返ってみれば1月〜2月の謎の身体的不調、突然パンを焼き始める、6月末には子宮筋腫摘出手術を受けて7月半ばに退院、8月から復職したと思ったらめちゃくちゃに暑くて外に出られず、9月に妹が入院し、10月は事務手続きに明け暮れ、11月はめちゃくちゃに忙しく、12月には生活が崩壊したままで、2023年が終わろうとしています。

さっき読んだブログにあったけど、忙しいと頭が悪くなる、というのは割とほんとだなと思っていて、疲れて判断力が落ちてタスクが捌けなくなり忙しくなって疲れて判断力が落ちて……で悪循環に陥っているなと思います。疲れて家に帰って(私はオフィスに出社して仕事をしています)とりあえずごはんを食べて、最低限夫とのコミュニケーションを取り、早めに朝起きるために早寝するから自己研鑽もへったくれもなく、朝起きて重い身体を引きずって(私はもともと朝が弱いのです)オフィスへ行き、仕事をし、土日はなるべく仕事のことを考えないように努力をして、それでも月間の労働時間はさして長いわけでもない、アクセルベタ踏みなのに全然前に進まない。締切は守れずタスクは積み上がる。だめだめ度合いがすごかったです。

正直他の人がジムに行ったり読書したり飲み会に出たりするように時間をやりくりしているのが信じがたかった。私は自炊もしていなければ家事も最低限(ほんとに最低)しかやってないのに、身体をメンテナンスする時間を捻出する気力が持てなかったのでした。

あまりにもあまりだなこれは、と思っていろいろな人に話を聞きに行き、話を聞いてもらいました。ヒントは得た。もう一歩進んだら専門のカウンセリングにでも行くか……と思っていたけど今は一応まだ踏ん張れています。こういう時って誰にどう相談すればいいんですかねまじで。思い当たる人にぽつぽつって感じなんですが、もっと自己開示しまくればいいのか?それも痛いのでは?などと考え込む日々でした。

悪いことばかりではなかったけど、トータルで見れば「ザ・厄年」と言っていいくらいのだめさ加減だったので、2024年は捲土重来の年にしたいものです。